2023年の野球は第5回WBCの侍ジャパン世界一奪還から始まりましたね。
栗山監督のチーム作りも話題になり、改めて日本代表の監督の大事さを考えさせられた方も多かったかと思います。
現在は後任として、井端弘和氏がトップチームの監督として奮闘しており、先月開催されたアジアプロ野球チャンピオンシップでは見事優勝を飾り侍ジャパンの監督として最高のスタートダッシュを切りました。
ふと思ったのです。侍ジャパンの歴史、歴代監督はどんな方が務めていたのだろうかと。そこで調べてみましたので、下記にてご紹介いたします。
大会の目玉であったキューバのボイコットにより、日本は追加招集によって出場権を獲得しました。結果、見事金メダルを獲得。当時の指導者エゴだった「練習は選手が、試合は監督が」を覆す「練習は監督が、試合は選手が」の名言を残し、のちの日本野球の発展に大きな影響を与えられました。
主な選手:伊藤昭光(本田技研)、正田耕三(新日鉄広畑)、広沢克己(明治大)
前回大会で金メダルを獲得した際はコーチとして日本代表に従事されいた鈴木義信氏が監督となって挑んだソウル五輪。新日鉄堺の野茂英雄投手やトヨタ自動車の古田敦也捕手などのちのプロ野球スター選手たちで挑み結果は銀メダル。敗因は継投のタイミングだったそうです。
主な選手:野茂英雄(新日鉄堺)、潮崎哲也(松下電器)、古田敦也(トヨタ自動車)
経験豊富な社会人選手を中心にチームを組み挑んだ結果は銅メダル。
3位決定戦でアメリカに勝利し、3大会連続でのメダルとなりましたが、予選、準決勝と台湾に敗れました。
主な選手:杉山賢人(東芝)、伊藤智仁(三菱自動車京都)、小久保裕紀(青学大)
日本生命の福留孝介選手(元阪神)や新日鉄君津の松中信彦選手(元ソフトバンク)らの社会人選手に加え、大学生選手も4人招集されました。決勝でキューバに敗れ、惜しくも銀メダルとなりました。
主な選手:福留孝介(日本生命)、松中信彦(新日鉄君津)、今岡誠(東洋大)、井口忠仁(青学大)
西武の松坂大輔投手やJR東日本の赤星憲広選手など、初のプロ・アマ混合で挑んだ大会で指揮を執られました。結果的には、侍ジャパン史上初の五輪でメダルを逃すという悔しい結果となりました。
主な選手:松坂大輔(西武)、中村紀洋(大阪近鉄)、阿部慎之助(中央大)、赤星憲広(JR東日本)
まずは侍ジャパン初期から2000年のシドニー五輪までをご紹介いたしました。
私は正直、この辺りは知りませんでした。
シドニー五輪で初のプロ・アマ混合になったのはうっすら記憶があるんですが、監督までは知りませんでした。勉強不足です・・・。
次は、2004年アテネ五輪からをご紹介いたします!